30代も中頃になると、健康の話に花が咲く。
身体の不調を実感し、その状態を共有し、共感をし合うことでの安堵と、解決法を交換したくなるからかと思っていたが、意外と共通の話題が健康くらいしかなくなるということもあるかもしれない。
ラヴ上等にハマっている人、ワールドカップを寝不足で観戦する人、ちいかわをリピートする人。同じ時代を生きていても、同じものを見ていない。同じことを体験していない。
一人だけが経験していることを話し、他の人が聴くということは、ある程度の話術や傾聴が必要だったりする。そういった状況が揃わない場合の多くは、共通の話題に話は移る。しかしながら、共通の話題というのは意外となかったり、見つからなかったりする。4人くらいになると尚更だ。3人で盛り上がって、一人を置き去りにするわけにもいかないので、全員が話せる話題に戻る。職業が近ければ、AIの話なんかはできたりする。
一緒に仕事をしていれば仕事の話ができるし、同じ街に住んでいればその街の話ができるかもしれない。
人と会って、話がしたいというのはどういうことなのだろうか。
大人になると昔の話をしがちになるというのも、大人になるとそれぞれが家庭をもったり、キャリアが変わったり、収入にも差が出たりして、違う世界を生きていくので、昔仲のよかった友人に会っても、共通の話題はかつて近しいコンディションで同じ時間をともにした昔の瞬間くらいしかないのかもしれない。
赤ちゃんを育てているうちは、友だち同士で子育ての話ができるが、一方は部活に打ち込み、一方は勉強に打ち込み、場合によっては学校にうまく通えなくなってしまったりなどすれば、共通の話題として取り扱えなくなってきてしまう。
世の中全体における共通の話題が減っていく一方で、共通の話題を話せる人にはSNSや小さなイベントを通じて出会いやすくもなってきている。
自分のSNS体験で一番衝撃だったのはmixiの登場だった。自分以外興味を持っている人にあったことのないテーマについてやりとりできる楽しさは、新大陸を見つけたくらい世界が広がったものだった。
話は変わって、今日アリソン理恵さんとCIBI Cornerstoreで打ち合わせをした。理恵さんは大学で講師をされているが、最近一部の大学生がスマホ離れしているという。スマホからガラケーに変えたり、あまり見ないようにしている学生がいるらしい。
スマホで育ってしまったら、もうスマホ無しで生きられないのかなと思っていたが、それでも何らかの自分なりの危機感を持って距離を持てる学生と話をしてみたいと思った。基本的にインターネットを使って、情報を生成し、人とコミュニケーションする仕事をしているので、長期間デジタルから離れることはできないが、そうしてみたときに自分の身体がどのようなコンディションになるかはとても興味がある。制限が贅沢になる時代に、共通の話題が制限されることは楽しみに変えられるのだろうか。
