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ジャスミンティーと午後ティーと大福

TAKEHIKO YANASE

父が病に倒れ、入院して2ヶ月近くが経った。数年前から病気ではあったので急なことではなかったが、母親からのLINEを着信したのは撮影のために降り立った釧路空港の滑走路で、僕だけ羽田へと戻ることにさせてもらった。少し鼓動が早くもなる。

それから週に2回ほど都内の病院に通い、実家を掃除して、今後想定されるいくつかの様態の方向性に備えている。もう80も近くなってきていて、身体にいろいろ起こるのは仕方がない。それでも、子どもの頃から、今では会社の経理業務なども頼りにしてきた父が弱っていく様子を見るのは、切ない気持ちとともに無常が身にしみる。

今日も病院に見舞いに行った。「ドジャースやっと勝ったな」と、テレビを見られるくらいにだいぶ回復しているようだった。院内のコンビニにお使いを頼まれた。ジャスミンティーと午後ティーと大福。なんとも父らしい。入院してから10kg体重が減ったようだが、それでも僕より15kgも重い。健康になって帰ってきて、またゴルフでもできたらなと思う。具体的な目標があれば頑張れるはずだ。だいたいの場面、気が大事だ。

20分ほど、実家に車を走らせる。武蔵小金井駅の近くに見つけたタイ料理屋に行きたかったが定休日で、中華屋で豚レバーの甘辛いため定食を食べた。ビジネス街でもないのに日曜定休にすることの是非についてを考えながらいただく豚レバーは甘酸っぱかった。

今週も実家を掃除する。大掃除が50回くらい必要な家である。一番エアコンの効くリビングを父の寝室に変えようと隅々まで掃除機を。カーテンも洗濯した。エアコンのフィルター掃除も当然欠かさない。広い家に住むというのもなかなか大変である。先月頼んだ庭の剪定は30万円かかったらしい。
家具をどかしながら10畳くらいのリビングを掃除したら、2000円分くらいの小銭を見つけた。父は小銭をポケットに直で入れ、椅子に座るたびにそれらは床へと逃げていった。それが僕のお小遣いだった。

エアコンを掃除するとき、エアコンはOFF。故に汗だく。帰り道の道中、小平あたりの銭湯に寄って汗を流した。
一人でもちょうどいいくらいの小さな水風呂に入っていたら、男の子とおじいちゃんが入ってきた。
出ようと立ち上がると、おじいちゃんの腹部の手術後が目に入る。子どもは擦りむいたひじを、どうにか水につけないようにしていた。

江口海里さんお知り合いですよね?

TAKEHIKO YANASE

寄居町の商工会から埼玉県の機関に出向中の笠原さんから「お世話になっております。柳瀨さん、大阪のデザイナー江口海里さんお知り合いですよね?明日、小川の企業支援で夜、小川町で飲みます」というメッセージが来たのは、8月4日の18時4分だった。

江口さんとは10年ほど前に水俣での仕事で知り合い、コロナ前に大阪の事務所に遊びに行って、近くの台湾唐揚げ屋で軽く飲んで以来、お会いしていなかったが、SNSでは時に発表される美しいプロダクトデザインを目にしていたし、福井でのプロジェクトなども注目していた。京都ばかりで大阪に行くことはあまりないが、大阪に行ったならまた連絡して金剛石でも一緒に食べに行きたいなと思っていた。

事務所から歩いて、小川町の内田工芸社さんに着いたのは、8月5日17時1分。笠原さんがちょうど外に出てきていた。「お忙しい所すみません。サプライズですからね」そう言うと、中に案内してくれてそこには驚く顔の海里さん。アクリル加工業をされている内田さんともお久しぶりだった。

11月に予定しているオープンファクトリーイベントをとても楽しみにしてくれていた。少し近況を交換し、内田さんの倉庫見学をさせていただき、大大でご飯をいただいた。僕は作業があったので途中で事務所に戻った。笠原さんは肉よりホルモンを先に焼く派だった。

小さな町に住んでいても、こうして遠くから友人が訪ねてきてくれるのは嬉しい。大きな街に住む楽しさは、人に会えることにあると思うが、会いたい人とピンポイントで会うことは、どこに住んでいてもできなくはない。いろんな人が、会いたい人がまちに来てくれるきっかけを創れれば、どこに住んでも寂しいことはないかもしれない。

気づけば社会人になってから、ずっと小さなイベントをしている。この20年間、常に何らかのイベント告知中で過ごしている気がする。ホームパーティやら、トークイベントやら、20代のころは仕事もイベント制作であるのにわざわざ休みには音楽フェスを企画していたこともあった。それでもそこで出会った人たちと仲良くなり、一緒に仕事をしたり、一緒に遊んだり今でもしていると考えると、イベントも捨てたもんじゃない。なぜこんなにイベントを企画してしまうのか。SNSがなければこんなにイベントもできなかったわけなので、SNSの時代はリアルの時代でもあるのかもしれない。今月はPEOPLEに、doyoubiの出店とnijikujaの展示がある。来月はおがわのわの「山の話」がはじまる。皆野町では、関わっているARAKAWA AROUNDというイベントもあるし、11月にはオープンファクトリーイベント。小さな非日常で、誰かの日常が好転すればいいけれど、己のエネルギーが枯渇しないで乗り切れるかちょっと心配でもある。移動中は健康に関するYouTubeばかり聞いている。懸垂を習慣にしてこの夏を乗り切ろう。

ものに自分が規定される

TAKEHIKO YANASE

少し高くても長く使えるものを買って、ずっと使いたいという気持ちは10代の頃からあった。
あれこれ考え続けるのも大変だから、本当に欲しいものを買えば、そのことを忘れられるということも心地よかった。
だがここ最近、使っているものを改めて見つめ直して、よりよいものがあれば買い替えたり、交換することも大切だと思うようになってきた。

何かを手放したり、買い替えたりすることは得意ではない。
捨てるとなるとなんだかもったいなく思ったり、物によっては環境負荷という観点でなんだか気になったりしているが、今ならメルカリで売ることもできるし、リサイクルショップに持っていったり、友だちに譲ることもできる。
もう少し新陳代謝を肯定したい。

ものに価値観を縛られるということが、無意識の中で起きている気がする。
洋服だったり、インテリアだったり、自分が触れたり目にする時間の多いものに自分が規定される感じ。
数人しか目撃したことのあるサンプルはないが、着る服を変えれば、じわじわとその人の性格にも変化が起きるのではないかと思っている。
何を買うか、何を使うかというのはとても大切だなとつくづく感じている。
一回一回の食事についても同じで、そこに何らかのポリシーやこだわりがある人が好きであるし、そういう人から刺激をもらうことも少なくない。

良し悪しや好みと直結することはないが、何事にもクオリティというものは存在するし、高いクオリティをもっと体感してみたい。
改めて、モノに興味がある今日このごろです。