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二枚のドアを恐る恐る開ける

TAKEHIKO YANASE

今日はお昼に越生町に住む鈴木美波ちゃんがUNE STUDIOにやってきて、お昼を一緒に食べた。彼女は渋谷のSPBSに長年勤め、店長などもやっていたが去年退職し独立した。お店の営業だけでなく、ワークショップの企画や運営、書籍の編集などもやってきたので、編集という職能を今後どのように活かしていくのがよいか、企画とマネジメントどちらをメインにやっていくのか、Podcastが今アツいよねなどいろいろ話した。ランチを食べたのは「紫蘭」。小川町駅前の通りにあるスナックで、店の前まで行ってもランチを営業しているようには見えないのだが、二枚のドアを恐る恐る開けると、平均年齢80歳オーバーのお客様で席は満席。昼食を食べて、コーヒーを飲んだら、カラオケを一曲歌って帰るといった奇跡の店だ。

編集って何なんだろう、文字と音声、映像の媒体はこれからどのようにその棲み分けられていくのかなど話は尽きない。飯能に集英社の面白い編集者の方がいるということで、武蔵山麓編集倶楽部なるものが結成されたら面白い。美波ちゃんとの話はそれこそPodcastに残しておきたいくらいのものなのだが、何せPodcastやりすぎ問題。インプットも限られるので、それぞれの番組で同じ話をしているのもなんとも間抜けな気がするので、集中と選択というものを忘れずにはいたい。今の時代を読み解くとか、人の深層心理を解明するみたいなことって、話していて楽しいわけだが、一体それが何になるのか。もちろん仕事などにいきることも大いにある。でもそのためにやっているわけでもない。知りたいという純粋な好奇心なのだろうか。例えば人はなぜ日記を書くのか、人の日記を読むのはなぜ面白いのか。人はなぜ音楽を聴くのか、歌を歌うのか。考え出せばきりがない。理由なんてないものがほとんどだったりするのかもしれないし、すべてに理由はあるのかもしれない。人はなぜ生き、なぜ死ぬのか。結局わからないことばかりの世の中で、わかっていく過程こそが人生なのだとすれば、紫蘭での1000円ランチは人生の道程そのものだったのだろう。店では真っ昼間から「上を向いて歩こう」が響き渡っていたが、二枚の扉により情報は分断され、町の人はそんな光景を知る由もないのだった。