未来を創造する価値を、過去を想像する価値が逆転する日
2月末のことだが、初めてちゃんと富山に訪れた。隙あらば、土地勘のない地方都市に数日間滞在して仕事をしたり、中心地を歩き回ったり、夜は美味しいご飯を食べたりしたいと思っており、去年滞在した高松はかなり調子が良かったので、それに味をしめる形で冬の魚介も期待しつつ今回の行き先は富山に決まった。が、今回はもう一つ目的があり、それは自分のルーツを探るというものだった。富山県砺波市に柳瀬という地域があり、どうやらそこが柳瀨家のルーツだと親から聞いてから、何度もGoogleマップでウロウロして、いつか訪れる日のことを思い描いてきた。もしかしたら、自分にどこか似た人が歩いていて、遠い親戚に出会ってしまうかもしれない。まだ雪が積もる富山市街地では基本ホテルに籠もって仕事をし、夜は鮨などを食べに出かけた。富山県のクリエイティブディレクターを務める高木新平さんに教えてもらった「寿し晴」はかなり最高でまた必ず訪れたいし、その他どこもよかった。「二代目 丸一」「やきとりの名門秋吉」なども地域性が色濃い。地域性というのは素材や調理法だけでなく、店のオペレーションにも表れる。滞在した4日間の最終日、レンタカーを借りて砺波市に向かう。「立ち喰い鮨人人」の大将に「砺波に行くのですが」と聞いてお薦めしてもらった蕎麦屋「福助」はタッチの差で蕎麦売り切れにつき入れず。意気消沈しつつ向かう柳瀬地区。雪に覆われて真っ白になった綜合グラウンドの他は、正直特にこれといったものはなく、公民館やふれあいセンターなる場所にも行ってみて、「自分のルーツだと聞いて埼玉からやってきました」と話しても特段触れ合うことはできなかった。腹が減って収穫もなく結局帰ってしまったが、とはいえ自分のルーツだという地を自分の足で歩けたのはとてもいい経験だったというか、運命づけられたスタンプラリーの一つを押せたような、使命を果たせたような気分にもなった。
家系図を記録できる「すいすい家系図」というスマホアプリを熱弁し、これまでに10人くらいのスマホの中にインストールさせてきたが、いつかルーツ巡りがブームになると密かに信じている。100年後の日本の風景を想像するより、100年前の風景をわずかな写真や文献から想像して思い描くほうがなんだかワクワクするのは自分だけではないはずだ。なんだか未来を創造する価値を、過去を想像する価値が逆転する日が来るような予感がある。過去についての知識が増えれば、現実をより正確に認識できるようになるし、楽しめるようになる。コテンラジオを聞けばウクライナ戦争の背景がよくわかり、おがわのねで数十年前の小川町の話を聞けば町並みの不思議が読み解けるし、自分の先祖について知れば知るほど自分自身への理解が深まっていく。多くのコンテンツは自分自身、社会、人間というものの理解を深めたいという根源的欲求によって成り立っている。自分の先祖にまつわる地を巡るルーツツーリズムが当たり前なジャンルとして確立する日もそう遠くないかもしれない。そして、こうやって日記を書く行為が子孫に何かの手がかりを渡すことになっているのかもしれない。
