Journal

値付けというもの

TAKEHIKO YANASE

毎週金曜日の9:30から虎の巻という定例MTGを社内でしている。これは実務の中で行っていることを改めて言語化・体系化することで、自らが点検することができるようになったり、新しい誰かに伝えられるようになったりするのではないかという思いから始まった。30分の時間の中で、深堀りしきれずに終わってしまうこともあるが、朝から頭のストレッチみたいな時間を過ごせて、いい試みではあると感じている。仕事のはじまり〜終わりまでを時系列でアクションで分類し、Figmaのマインドマップに書き込んでいっている。

今日は「見積もり」について話す回だった。プロジェクトが始まって、企画や仕様が決まってきたら見積もりを提出するが、その値付けというものについてどのように考えるべきか、逆に見積もりを受け取るときも同様だが、そんなシチュエーションでの考え方を整理してみた。我々の業務のほとんどは直接的な人件費が見積もりの項目として積算されていくので、つまりは人の時間と業務内容とお金の関係性ということになる。自分でも、例えばネーミングだったり、企業理念のコピーライティングだったり、年間を通じたアドバイザー・ディレクター的な業務だったりに対して、どのように値付けをしていっているかというと、明確なルールは正直ない。それでも分解するとすれば、
①費やす時間に対する時給換算(力量・希少性)
②事業主の経済規模・価値(資金)
③プロジェクト・商品が生み出す経済価値(ROI・責任)
というところだろうか。自分とクライアントと商品の3つのバランスで予算は決まってくる。当たり前な話ではあるが。②と③が大きくなるにつれ、プロジェクトの難易度は高まるし、リスクも増えるので、間違いのない力量を持つ人に依頼することになる。①はそれに応えられる力量をつけて、それに見合った金額で期待以上のアウトプットし続ければいい。

ところで、飲食店では価格の高騰で値上げさせていただきますという案内をしばしば見る。戦争の影響による原油だったり、今でいうとキャベツも高い。この春から事務所の家賃も10%上がった。そういう固定費の高騰は我々のような仕事でも見積もりに反映できるものなのだろうか。適切とは何なのか。また来週改めて考えてみたい。

手を動かそう。収穫を焦るな。

TAKEHIKO YANASE

昨晩は小川町の有機農家である横田岳君のトークイベントに聞き手として参加した。岳くんは農家をやりながら、5年前から写真を撮っていて、3年前に初の個展を開催。今回は2回目となる展示となり、その最終日にその農業と写真にまつわる話を聴く会としてトークをすることになった。

はじめは、「たけさん、おがわのねの公開収録をしませんか?」と声をかけてもらったのだが、さすがに幼少期からの話を聴いていると写真の話には辿り着かなさそうだと直感し、予めPodcastの収録は済ませておいて、その続きのようなかたちでイベントを行ってみたのだった(一応今回のトークも録音はした)。

お客さんは24名、会場はPEOPLEの前の土間。岳くんは話がうまい。自分で考えを深めることもできるし、文献などを読み漁りその思考の領域を広げることもできるし、柔軟に人の意見に耳を傾けることもできる。おかげで僕としても回の進行は非常にやりやすく、60分予定は80分と延長となり、わらしべさんでの懇親会のために作っていただいていたドリアが「冷めちゃうよ」というアナウンスがなければ、延長線どころか、PK戦にもつれ込んでいた試合展開であった。

展示のタイトルは「子々孫々 有為自然(ししそんそん ゆういしぜん)」。代々受け継がれる人の手の入った自然という感じであろうか。本当に人の手が入っていない自然というものはもう地球には存在しないように思える。畑は当然人が操作して維持されている生態系であるし、山々の多くは人工林。自然保護区は人の手が入らないように保護されているという人の手が入っているし、海底にも気候変動の影響は何らかのバタフライエフェクトされているであろう。そういった状況を悲観することもなく、前向きな気持で、どのように人は自然に関わっていくべきであろうか、人も自然の一部であり続けるにはどうしたらよいだろうか、今の情報化社会、AIの到来はそんな有為自然にどのように影響を与えるのだろうかなど、話題はあちこちに展開されるようでありながら、お客さんの新しい脳の回路をつなぐインスピレーションになったようで、充実した時間となった。

岳くんとは今、小川町の農業や地域の未来に取り組んでいくために何ができるかを定期的に話し合っている。月に一度の定例として話す時間を設けており、来週もその回がある。まずは我々が考えていることを言語化、可視化して共有できる状態にするのが大切だと思っているが、いきなり要約されたものをつくろうというのも難しいし、その過程において大切なものが放置されたまま、あるいは排除されたままになってしまうのも何かこの包括的な取り組みに合わないような気がする。サビだけ歌うのではなく、イントロからじっくりと聴いて欲しい。だからこそサビはサビ足りうる。そんな意味で、PodcastなのかYouTubeなのかでまずたっぷりと語り、それを少しずつ要約していくかたちでプロジェクトのコアをつくり、そのコアを中心に少しずつ広げていくようなステップはどうだろうかと考えている。時間はかかるかもしれない。しかし、プロジェクトとは本来そのようなものなのかもしれない。まずは土を耕そう。手を動かそう。収穫を焦るな。

どうしておがわのねを始めようと思ったのか

TAKEHIKO YANASE

金曜日にPEOPLEに荒木牧人さんがやってきた。川越で80%という会社をやっていて、リノベーションやまちづくりを手掛けられている。小川町の駅前の商店会のアドバイザーにもなられていて、定期的に小川町にやってきているそうだ。

そんな荒木さんが「おがわのね」にドハマリしてくださっていて、テンション高めに再会した。そこでも聞かれたが、どうしておがわのねを始めようと思ったのかを書いておこうと思う。脳内メモ日記。

1)隣人をよく知りたい
2万6千人のまちに住んでいると、自然と知り合いが増える。お店をやっていることもあるし、やたらとイベントが多いまちでもある。SNSでつながって、会ったら挨拶するけど、ご飯を食べに行くでも、じっくり話す機会もない。どんな仕事をしているのか、どこ生まれなのか、今何に興味があるのか。そんなことを知りたくて始めた。これが一番大きい理由だ。

2)それを周りにも共有したい
おそらく、みんなそんな状況なので、僕が代表して聞いてみんなにシェアしたら、一気にまちに自己紹介できていいのではないかと思った。「こないだおがわのね聞きましたよ。私も〜」という感じで、話を途中から始められたりすると一気に仲良くなることもあるはず。話しかけるきっかけになったらいい。まちの潤滑油的な感じで、コミュニケーションインフラになれば嬉しい。

3)フラットに光をあてる
お店をやっていたり、会社をやっていたりすると、まちの広報誌だったり、雑誌だったり、たまにテレビだったり(僕も3回くらいテレビに出ている)取材を受けることはたまにある。一般的に特別な人、珍しい人がメディアでは取り上げられるわけだが、それは相対的なことであるし、表面的な基準でしかない。みんなそれぞれ特別でユニークなはず。派手さはなかったとて、深ぼれば誰もが味わい深い、そんな人生を映画を見るように聞いてみたい。光を当てたい。

4)生活史として
東京の生活史という分厚い本が話題になっていた(読んでないが)。小川町の等身大の生活や暮らす人をアーカイブすれば、これが30年後、50年後に聴かれた時に違った面白さが宿るはずである。今1970年代の小川町住民の話が聞けるのなら、自分は聞きたい。行政が残さない今を音で残してみたい。

5)観光者・移住検討者への情報として
いまだ小川町への移住希望者は多いと聞く。まちにどんな人が住んでいるかはとても気になることだと思う。自分と気が合いそうな人は住んでいるか、境遇が近い人はいるのか、うまくやっていけるか。おがわのねが100人くらいのアーカイブになったとき、誰かはその人とマッチするはずである。それも移住パンフレットに掲載されるようなよそ行きの言葉じゃなくて、素の言葉が聞けたらいいんじゃないかと思う。

6)聞く練習として
編集者として、話を聞く、引き出す、空気をつくるといったことは大切な一つの技術であり、学びたいというか、うまくなりたい。基本的には場数主義なので、たくさんやってみて、改善していきたい。またPodcastとしてある種ショーとして成立しなければいけないようなコンテンツとしての聞き手の経験はあまりないので、とにかくたくさんやってみたい。自分の声を聞く気持ち悪さにはもう慣れた。

7)Podcastの可能性の探求
大統領選もPodcastの影響が大きかったというし、ネットがいよいよマスメディアよりも影響を持つ時代になってきている。ライフスタイルも、経済も、政治も。マスメディアは時間や紙面が限られているので、編集前提の切り取りメディアである。YouTubeは映像があるので、視覚的な情報のデザインが求められるし、話す側も被写体としての自分を意識してしまう。Podcastは話に没入することができ、長い情報も発信できるという点で今のところ唯一無二のメディアなのではないかと思うし、小川町(田舎)のライフスタイルにあっている気もする。ドライブ中や農作業中に聞けるなど。ビジネスにはならなさそうだが、可能性を肌で感じてみたい。こちらも聞いてみてほしい。

8)AI時代のコンテンツづくり
AIに代替される作業も増えていきそうだが、一次情報を獲得するいわゆる取材は人間がまだ行うだろう。一番最初の企画や取材と、一番最後の成果物の判断は人間が受け渡すことは当分ないと思う。世の中にない情報を情報化するというのが今の時代大事な営みなような気がする。これは後付だが、そういう意味でもWeb上に存在しない情報を自分が情報化することに意義は感じる。

9)マルチメディア化の練習
マルチメディアっていうのかわからないが、音声を書籍にしたり、展示にしたり、SNSで投稿したり、グッズをつくって販売したり、一つのコンテンツを横に展開しながら世界観をつくっていくようなことに興味はある。マネタイズまでできなくとも、その練習にはなると思うので、いろいろ試してみたい。

他にもあるかもしれないが、そんなところでしょうか。自主プロジェクトに関しては、やったらいいことがいくつか重なって初めて実行に着手するかもしれない。やりたいと思う直感があり、数ヶ月転がしているうちにやる理由が雪だるま的に増えて、球が大きくなったらやるみたいな感じかもしれない。

会社が番組を持つような時代

TAKEHIKO YANASE

昨年「How are you?」というZINEをつくり、年賀状の代わりとして友人や仕事でご一緒している方々に送った。考えていることや経験したことを定期的にZINEにまとめたいと思っていたが、長い間機会を逸していた。会社がYOUに変わるタイミングで、小規模事業者補助金も活用して、つくるに至った。ご無沙汰している人に近況を報告したかったのと、会社の心機一転の報告などを兼ねて、Greeting Magazineとしてまとめてみた。挨拶冊子みたいなもので、マップ折の形状は東郷清丸さんのキヨタイムの影響。自己紹介みたいな内容になって、もっと入れ込みたい事柄はたくさんあったが、デザイナーのCHACO白水さんの「文字が減らないねえ」というプレッシャーを前に、加筆の手も止まる。たくさんの時間をかけて紙面をつくって、お金をかけてデザインや印刷をお願いして、袋に封入する作業も内職して(アビー&りくちゃんに感謝)ようやく完成した「How are you?」。年始にパラパラと嬉しい感想など届いて、つくって本当によかったと感じる。感想を読むことで自費出版は完結するのかもしれない。

2025年も一年かけてゆっくり作ってみたいと思っている。今考えているテーマは「自然体」。例えば、YOUのデザインをつくってくれている岡本健さん、髪を切ってもらっている表参道アトリエのジュンさん、農家のSOU FARM大地くんなどに、自然体を見極めて彫刻していくようなその眼差しと考え方を聞いてみたい。一年間コツコツやっていけば、うまくできるだろうか。会社が番組を持つような時代になる気がしているので、自分たちならどんなものになるのかやってみたいという気持ちである。

脳みそにいい栄養

TAKEHIKO YANASE

正直なところ早速書けないでいた。自分だけが読む文章と、誰かが読むかもしれない文章とでは、やはり文章を書く上での心持ちというか、酔っ払った上でのカラオケとライブくらい違うものなのだなと実感した。それでも、ステージに立つことに慣れていきたいので、書いていくことにする。

今週は去年の夏前から進めていたマガジン制作が校了したり、動画も完成したり、いくつかのプロジェクトが一区切りとなり、いくつかの打ち合わせがリスケになり、いくつかのプロジェクトの相談があった。プロジェクトの相談があるというのはとても嬉しいことで、想起してくれて連絡をくださる嬉しさはもちろんだが、世界を見る新しい視点を手に入れられる嬉しさもある。例えば、今週連絡をいただいたのは子ども服ブランドのプロジェクトだったので、子ども服について、自分はどのように買ってきたか、世の中の人たちはどのように探して、選んで、買っているのかを考えたり、子ども服の流行というのはどれくらい存在するのか、どのように立ち上がるのかなど、まだ始まってもいないし詳細も聞いていないプロジェクトを想いながら考えながら過ごしたりしている。

年末、事務所用に電気圧力鍋を購入した。開封して満足し、一度も使えていなかったが、先日はじめて豚汁を作って、とても充実したランチをいただいた。ランチは近所で食べることも少なくなかったが、去年から栄養などにより気を使うことになり、事務所にいるときは納豆キムチ卵ご飯を毎日食べている。味噌汁はインスタントだが、いいやつを買ったりしている。それでも一年以上ルーティンになると、さすがに飽きてきてしまうもので、コンロもないしどうしようかと思ったが、電気圧力鍋なるものの存在を改めて認識し、購入に至る。朝事務所に行ったら、野菜や肉をザクッと切って鍋に入れ、スイッチON。午前中の仕事が終わったら、できたて栄養満点スープができあがっていて、豊かなランチにありつくという算段だ。近所の農家の友人のプロジェクトをサポートしており、その謝礼は野菜でいただこうと考えている。友人が育てた野菜を食べて、脳みそにいい栄養を送り、そのエネルギーで友人に還元するといった極小循環社会を日々の中に持ちたい。

予定通りにいくものではない

TAKEHIKO YANASE

2025年1月1日をもって、P inc.はYOU INC.に社名を変更し、心機一転業務に励むこととなった。伴ってWebサイトもリニューアルをし、JOURNALというコーナーにて毎週文章を書いていくことにした。この文章はその最初のものとなる。

どうしてWebサイトで文章を書いていこうと思ったのか。直感に理由を後から付けていく生業でもあるため、理由を並べようと思えば10個くらいは書けそうだが、一番大きなものを取り出すとするならば、それが自然体であると思えたから。それは自分にとっても、会社にとっても、時代を受けても。

普段は誰かが誰かに何かを伝えたいということを、客観的な視点をもって、翻訳するような仕事が主である。どこかに自分も混ざり込んでしまうものだとは思うが、少なくとも自分が思ったことを好き勝手に書く仕事ではない。そんな中で、自分が感じたり、思ったことを言葉にすることを積み重ねていった方がいいと思うようになった。それがまず自分にとって。

いわゆる制作会社は実績の代表作や、会社の理念がWebサイトのトップページに表示されていることが多く、それは達成したいことから考えてもとても正しいあり方だと思う。だけれど、自分が会社に対して湧き上がる興味は、時に過去の実績より今の気持ち、遠くに放つ言葉より今日の歩みだったりする。なので、せめて自分の会社では今の気持ちや考えの足跡を残すようなかたちで、文章を残していきたいと思ったのだろう。(書いていると、どこまでが直感で、どこからが後付なのかわからなくなるが、そういう気分を感じること自体も書いているからこその収穫である)

世の文章はAIによって生成されるものが増える一方。少しの気持ち悪さを覚えるのも今のうちで、徐々に慣れた末には、コンビニのご飯を食べるくらいの感覚になるかもしれない。人が一文字ずつタイピングした文章はおふくろの味的なポジションを築くかもしれないい。不得手であることを延期の理由にしていてはいけない。はじめることが得手への近道なはずだから。日々考えたことを書くということが、時代に抗う自然体な気がした。

書いているのは、1月6日。那覇へ向かう飛行機の中。世の中は仕事始めであり、スマホの通知が眠たい朝のスヌーズのように鳴り続けている。どうしてこんな日に家族旅行に出発する予定にしてしまったのだろうか。年末に一区切りのはずのプロジェクトが多かったからだが、そんなに予定通りにいくものではない。今年もいい仕事をしていきたい。