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今年も健康でいよう

TAKEHIKO YANASE

朝から人間ドックに向かっている。なので朝ご飯は少量の水しか飲んでおらず、昨日の夜もかなり早めに食べたのでお腹が空いてきている。語源をよくわかっていないのでドックなのかドッグなのか、たまにわからなくなってしまう。冷静に考えればdogなはずはないのだが、バッグなのかバックなのかなど日本人はgとckの判別が瞬時にできないのではないかと密かに思っている。BagはBackに背負うこともあるので尚更紛らわしい。「ドック(dock)」というのは、もともとは船を修理したり検査したりするための施設のことだそう。船じゃなくて、人間を修理したり検査したりするぞということなのか。人間という単語が入っているのがなんとも仰々しくて悪くない。そうでした、私は人間でしたと思い出させてくれる。去年、池袋の桜十字クリニックで初めて受診し、一つだけE判定が出て、おいおい怖いじゃないかと再診察を受けたが、病み上がりのエラーで問題なかった。ということで今のところ健康体であることが大凡証明された。今年は去年よりも健康体である実感があるので、無事証明されてほしい。小川町に引っ越してきてから、健康に気を使うことが楽しくなった。今思えば20代はひどかった。24時過ぎまで飲んで、3時からデリバリーで韓国料理を頼むことなど今では考えられない。運動もさほどせず、スキンケアとかそういうのも何もしていなかった。それでもなんとかなるのが20代。池袋に着いたので一旦筆を置く。

無事終わった。今年は特に異常もなかった。カレンダーには11時から16時まで時間を確保していたが、12時に終わった。4時間もプレゼントしてくれたようで、人間ドックのイメージが勝手に高まる。お腹が減ったので、野菜炒めご飯を食べにベジ郎へ。あまり混んでなかったので、花田の味噌ラーメンも迷ったが、パサッとしたご飯と野菜を食べたかった。こってりラーメンはだんだん食べられなくなってきているが、ベジ郎では野菜マシにした。今年も健康でいよう。

心刷祭ですら

TAKEHIKO YANASE

週末の土曜日、長野県松本市で開催された心刷祭というイベントに友人の富川岳と出店参加してきた。藤原印刷という印刷会社さんが主催するこのイベントは、藤原印刷の取引先・仕事仲間が出店してマルシェのような素敵空間が広がりながら、藤原印刷の印刷工場の見学もできるオープンファクトリーにもなっている。初めての参加となったが、10時半のスタートから16時半の終わりまで終始大賑わいで、この日に向けて制作した「僕らの先月」を始め、てぬぐい、トートバッグなどたくさん買っていただき、天気がよくなかったのにもかかわらずとても気持ちの良いイベントだった。2年毎に開催される予定なので、またぜひ参加したい。

右隣は友人が営んでいる学芸大学のCOUNTER BOOKS。左隣は久しぶりにお会いした柿次郎さん率いるHuuuuのみなさん。本も愛読してきた藤本智士さんにもお会いでき(小川町で出版イベントやるかも?)、YUNOSUKEさんともご無沙汰、久しぶりに再会したバネさんに紹介してもらったBEEKの土屋誠さん、ニアミス続きだったONIBUS COFFEEの山中浩平さん、おがわのねのヘビーリスナーであったかえる舎の斉藤和真さんなど、ほかにもたくさん出会いに恵まれた。イベントに出店する気持ちとしては、ものをたくさん売ってお金を稼ぎたいというよりは、久々の人と再会したい、初めての人と出逢いたいという方が強い。同じ場に興味を持ってきたという時点で相当なフィルターがかかっているので、全員とゆっくり話したいくらいのお客さん達だった。

小川町でも何かこういう人が集まるイベントをやりたいものである。秋に予定していて社内で「サミット(仮)」と呼び続けているものをどう仕立てるか。今週末に打ち合わせがあるが、こういう物販が盛り上がるイベントは楽しい。小川町は食は豊富なので、物販の方を招いて、かけ合わせたらいいイベントができるような気もする。やりたいことはたくさんあり、時間は限られる。心刷祭ですら藤原印刷総動員でも2年に一度しかできないのだから。会社の規模を大きくしたら売上に追われて窮屈だなと社会人時代の残像による直感で思っているが、やりたいことをやるために何か変化が必要だとも思う今日この頃。

未来を創造する価値を、過去を想像する価値が逆転する日

TAKEHIKO YANASE

2月末のことだが、初めてちゃんと富山に訪れた。隙あらば、土地勘のない地方都市に数日間滞在して仕事をしたり、中心地を歩き回ったり、夜は美味しいご飯を食べたりしたいと思っており、去年滞在した高松はかなり調子が良かったので、それに味をしめる形で冬の魚介も期待しつつ今回の行き先は富山に決まった。が、今回はもう一つ目的があり、それは自分のルーツを探るというものだった。富山県砺波市に柳瀬という地域があり、どうやらそこが柳瀨家のルーツだと親から聞いてから、何度もGoogleマップでウロウロして、いつか訪れる日のことを思い描いてきた。もしかしたら、自分にどこか似た人が歩いていて、遠い親戚に出会ってしまうかもしれない。まだ雪が積もる富山市街地では基本ホテルに籠もって仕事をし、夜は鮨などを食べに出かけた。富山県のクリエイティブディレクターを務める高木新平さんに教えてもらった「寿し晴」はかなり最高でまた必ず訪れたいし、その他どこもよかった。「二代目 丸一」「やきとりの名門秋吉」なども地域性が色濃い。地域性というのは素材や調理法だけでなく、店のオペレーションにも表れる。滞在した4日間の最終日、レンタカーを借りて砺波市に向かう。「立ち喰い鮨人人」の大将に「砺波に行くのですが」と聞いてお薦めしてもらった蕎麦屋「福助」はタッチの差で蕎麦売り切れにつき入れず。意気消沈しつつ向かう柳瀬地区。雪に覆われて真っ白になった綜合グラウンドの他は、正直特にこれといったものはなく、公民館やふれあいセンターなる場所にも行ってみて、「自分のルーツだと聞いて埼玉からやってきました」と話しても特段触れ合うことはできなかった。腹が減って収穫もなく結局帰ってしまったが、とはいえ自分のルーツだという地を自分の足で歩けたのはとてもいい経験だったというか、運命づけられたスタンプラリーの一つを押せたような、使命を果たせたような気分にもなった。

家系図を記録できる「すいすい家系図」というスマホアプリを熱弁し、これまでに10人くらいのスマホの中にインストールさせてきたが、いつかルーツ巡りがブームになると密かに信じている。100年後の日本の風景を想像するより、100年前の風景をわずかな写真や文献から想像して思い描くほうがなんだかワクワクするのは自分だけではないはずだ。なんだか未来を創造する価値を、過去を想像する価値が逆転する日が来るような予感がある。過去についての知識が増えれば、現実をより正確に認識できるようになるし、楽しめるようになる。コテンラジオを聞けばウクライナ戦争の背景がよくわかり、おがわのねで数十年前の小川町の話を聞けば町並みの不思議が読み解けるし、自分の先祖について知れば知るほど自分自身への理解が深まっていく。多くのコンテンツは自分自身、社会、人間というものの理解を深めたいという根源的欲求によって成り立っている。自分の先祖にまつわる地を巡るルーツツーリズムが当たり前なジャンルとして確立する日もそう遠くないかもしれない。そして、こうやって日記を書く行為が子孫に何かの手がかりを渡すことになっているのかもしれない。