最近少しずつ本を読む習慣を取り戻している。
本を一番読んでいたのは大学生のころだろう。
その次は小学6年生、その次は社会人となった20代前半だろうか。
本を買うペースは20代から変わっていない。
少なくとも週に1冊は買っている。が、週に1冊も本は読めていない(月に1冊くらいの時もある)ので、積読どころか、もう何を所有しているのかもよく把握できないまま、本棚自体がおおよそ未読となっている始末である。
目に見えるところに置いておくというのは、とても重要だ。
目に見えるだけで、意識が一瞬でも向くため、きっかけが増える。
目に見えないものは、やがて意識からも消え、つまり実質消滅している。
どうして本を読む習慣を取り戻してきているかというと、新しい事務所をひっそりと構えたからだ。
そこにいそいそと、ぎっくり腰にならぬよう細心の注意を払いながら段ボールで本を運搬する際、本と出会い直している。
新たな事務所には、所有物の可視化という謎ミッションがある。
コレクション癖はそこまでないと自覚している。
あくまで、使うものとして、機能するインスピレーションとして所有していたい。
今週は、土門蘭さんの「ほんとうのことを書く練習」を読んだ。
とあるエッセイの寄稿の締切が迫っていたので、何かのヒントがあるはずだとすがるように読んだ。
土門さんは一瞬佐賀でお会いしたことがある。同い年の素敵な方だった。
書く力は読解力だという。つまり人は書きながら読んでいるので、読む力があれば書くことに対して良質なフィードバックができるはずだと。
自分の中にライターと編集者がいるような感覚だろうか。
いい編集者がいいライターを育ててくれる。
そうかもしれない。書けるようになるために、読む。
読みたい本を、すでにたくさん所有しているという不思議な幸せに包まれている。
たまにはここにも本についても記していきたい。
