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打ち合わせを50分スロットに

TAKEHIKO YANASE

金曜日、一週間を振り返る。仕事において、5日間でどれくらいの時間を何に使っているのだろうか。撮影が13時間、打ち合わせが23時間、ワークショップが4時間。その他は移動だったり、連絡、企画、ライティングなどとなる。今週は大阪と東京で撮影が計2つあったので、撮影の時間が長い。今週は移動も長かった。

AIが発達して作業の時間が短くなることはある。数年前は文字起こしをアシスタントにお願いしていたりしたが、今はアプリが行ってくれるし、AIにライティングを頼むことはないものの、相談してキーワードをもらったりもする。打ち合わせはこれから減っていくのだろうか。今のところそのような実感はない。最近、YOU INC.では打ち合わせを50分スロットにするチャレンジをしてみている。どうしても60分で打ち合わせを設定すると、60分で終わるように無意識に進行してしまうし、何かいい忘れたことや話しきれなかったことがあると60分を超過してしまう。「すいません、次があるので」と中座すると、キャッチアップするのにまた時間がかかるし、次の打ち合わせの方に「すいません、前が押していて5分遅れます」と謝罪の日々に突入する。ときには4本も5本も打ち合わせが連続し、一方で1日2L水を飲もうという根拠を良く知らない健康法を信じて水を飲み続けているので、トイレに行きたいが行けないということにもなる。多い日は一日10個くらい打ち合わせがあり、もはや最初の打ち合わせの内容について、脳が記憶という役割を放棄し、Meetのメモを遡る非効率極まりない事態に陥ったりもする。基本的には効率的に仕事がしたいと思っているが、なかなかそういかない。

そこで打ち合わせを50分で終えることで、10分で連絡を返したり、トイレに行ったり、ストレッチボールで背骨を伸ばしたり、ときには納豆ご飯をかき込んだりすることができる。ちょっと延長してしまっても次の打ち合わせまでには終えられるだろう。何なら45分でもいいし、基本を30分にしている会社もあると何かで読んだこともある。打ち合わせ上手になりたい。

ありがとうラッシー

TAKEHIKO YANASE

アイデアとは時間をかければ生まれるものではない気がしている。角煮のようにぐつぐつ煮込んで美味くなるアイデアもあるとは思うが、基本的にはアスパラを茹でるような短時間の瞬発的な行為だと自分の場合は思っている。なので、まだアイデアが浮かばない、考えが整理できていないと感じる場合は、考える方向性が違っていて、考える角度や温度がうまく設定できれば、するすると道筋が見えてくるようなものだと捉えている。

今日はとある会社の社長のインタビューを行った。新しい企業理念をつくっていくためのもので、一つ辻褄が合わない部分をどうしようかなと思いながらインタビューは終わったが、その後新大阪でラッシーを飲みながら1時間プロジェクトメンバーと話す中でその辻褄をうまくつなげるような言葉と出会うことができたので、帰りの新幹線で方向性のメモを30分くらいでつくることができた。この類のものは、じっくり何日も考えたからといってよりよくなっていく部分はあまり多くなくて、あのラッシーを飲みながら話す時間を持てたことが何よりよかったことであった。あのラッシータイムがなく解散していたら、インタビューの記憶が薄れゆく中で、もう一度思い出しながら多くの時間を割くことになっていたと思う。ありがとうラッシー。ちなみに、ラッシーの前にみんなでうどんも食べた。思えばあれもよかったのかもしれない。

なので、その後にアイデアをまとめる必要がある打ち合わせのあとは、整理して一度メモに定着させる時間を確保しておくことがとても大切になる。打ち合わせを連続で行い、話したことを一度忘れてしまってから議事録を見返しながらでは、もう遅いのである。

アイデアとは構えというか態度なのだと思う。アイデアが次々と浮かぶ人は、わざわざスイッチを入れてアイデアを考えようとしておらず、浮かんでしまうというか、アイデアを考えるというのがニュートラルな状態なのだと思う。そういうのはいつ、どのように身につくのだろうか。次はマンゴーラッシーを飲みながら考えてみたい。

開始、集中、点検

TAKEHIKO YANASE

東京駅を出て新神戸へ向かっている。
取材と撮影の前入り、久しぶりの神戸。

昨日からdoyoubiという屋号でマフィンを焼いている瀬谷薫子ちゃんが小川町に滞在している。シェフインレジデンスというか、ライターインレジデンスというか、1週間滞在しながら、取材をしたりマフィンを焼いたりしている。昨日は「YOU談」にも出てくれて、肩書についての話をした。

編集者(的な)の人と話すのはいつも楽しい。まず、聞くのが仕事のようなところもあるので、基本的に聞き上手である。それから、面白いところを見つけて届ける仕事であるので、ポジティブな話に展開しやすい。それからそれから、具体と抽象を行き来する仕事でもあるので、具体的な事象を考察したり、大きな流れの具体を例示しあったりするような、深めていくような会話も楽しかったりする。
基本的に誰かと話をするとき聞き役になることが多いが、瀬谷さんはいつもいろいろ聞いてくれる。

今日はPEOPLEでマフィンのPOP-UPがあった。小さな田舎町の、路地裏の、土間の奥の扉までたどり着くのは容易ではないが、開店から並んで買ってくれる人もいて、見事完売。僕も一ついただき、まだ足元のバックパックの中に取っておいてある。新幹線で食べるか、ホテルに着いてからいただくか、明日の朝ごはんにするか。新神戸まで2時間半の時間がある。JAZZ HOUSEを聴いている。
年に一度くらいのペースだが、前回doyoubiのマフィンを買って気に入ってくれた方が今回たくさん来てくれて、定期的に違うまちに訪れてPOP-UPをするのはまちとの関わり方としていいなと思った。そういう地域の食材などとコラボレーションできる技術を持ち合わせているのは羨ましい。

瀬谷さんは原稿作業のときに、キース・ジャレットの「The Melody At Night, With You」をリピートで聴いているという。そういうお決まりのBGMは僕にはないが、強いて言えばブライアン・イーノの「Music for Airports」は聴きがちで、あとはハウスかアンビエントか、雨の音などを聴くことが多い。J-POPも一曲リピートなら歌詞が気にならなくなってくることは実証済みだ。いろんな人の集中力ルーティンを聴いてみたい。

開始力と集中力が何より大事ではないか。何かをはじめて、あとは集中して眼の前のことに取り組めば、大体のことはできる気がする。猪の目になってしまうので、俯瞰力も必要か。俯瞰して、たまに今自分が何をしているか点検することも大切。開始、集中、点検。神戸にあと2時間10分で到着する。

5日間の北海道滞在

TAKEHIKO YANASE

5日間の北海道滞在から帰ってきた。
北海道は涼しいが、今年は関東も猛暑日は少ない気がするし、そこまで外にいる時間も長くないので、避暑という言葉で滞在を捉えるほどではなかった。
妻の実家は様似町だが、新千歳から4時間ほどかかり、また町内にもお店や施設があまりないので、北広島、札幌、南幌に滞在するという、半帰省というか帰省未満であった。
それでもエスコンフィールドにも行くことができたし、妻の推しである長沼にも短い時間ではあったが訪れることができた。
リフレッシュや癒しという感覚がいまいちまだわからないが、質の高い休息は必要である。

羽田からミコト屋へ。市が尾駅までのバスは横浜方面を走って、対岸にはランドマークタワーとビル群。いつも通り過ぎていたカレーハウスKENで、カツカレー玉子野菜トッピングを喰らい、関東の湿度と相まって、脳がチーズのようにとろけた。
二言ミコトに収録を2本し、目白台のハイウェイさんがたまたま来店しておりご挨拶させていただき、組織づくりのディスカッション。
ブランディングの仕事の半分くらいは社内の概念整理と空気清浄であり、組織についてもう少し専門的に学びたくなる。
自分も8年間会社組織に属していたが、少し特殊なチームやポジションが多かったし、今も社員を複数抱えているわけではないので、組織についての肌感が足りていない。自分が何をしたくくて、何ができるかが素手で掴めていて、何をすべきかという会社からの提示がそれに重なる状態でないと、なかなか充実しないのではないかと思ってしまうが、確証はない。

スーツケースを転がし、池袋で味噌ラーメンを喰らい、Bad Brainsを聴きながら帰る。刺激を欲しているのか何なのか。帰ったら、やることは山積みだ。やるべきことに向き合って取り組んでいる時間は、自分にとって刺激であり癒しなのかもしれない。

何でもない、名もなき一日

TAKEHIKO YANASE

できることなら毎日日記を書きたい。
ここしばらく、残すということが大切に思えている。
週に一日だと、その週の出来事から書きたいことを選ぶステップが生まれるが、毎日書くとしたら、もちろんその一日の中で何を書くかは選ぶわけだが、それでも選択肢は狭まり、いわゆる“切り抜き”ではなくなってくる。
恣意的に切り抜かれたものは必要な情報を受け取るうえでは効率的だが、なんだかその裏にある意図に冷めてしまうことがあるのかもしれない。
なので、Podcastのような編集の少ないものが好きだし、なんなら直接会ってお茶するのがノー編集な時間として心地良いし、代表作だけが打ち出されて、手応えのなかった仕事がWebに掲載されない会社はなんだかもやもやしてしまう。(YOU INC.のWORKはなかなか更新できずにいるが)

今日は2週連続で「こどもふっかパーク」に行った。今年は猛暑日が少なく感じるが、それでも屋外で遊び続けるのは身体に応えるので屋内の遊び場の存在はありがたい。
帰りは3on3fukayaに立ち寄る。こちらもピザやパスタも美味しければ、すぐ外にバスケのハーフコートがあって、食後に少し遊べるのがいい。
席のとなりに置いてあった「ゆで論」という本をペラペラめくると、パスタを2.5%の塩を入れたお湯で茹でた後、一度沸騰したお湯でゆすぐ工程を推していた。ペペロンチーノなどはシンプルな工程だが、そこへの圧倒的な解像度に圧倒される。最近、昼にパスタを茹でることも多いので、熟読したい。入口近くに置いてあったコービー・ブライアントの写真集もよかった。あんなスターが事故で亡くなってしまうなんて、今なお信じられず、朝起きて訃報を目にしたときの衝撃はいまでも覚えている。
Green Grocery Storeに寄り、何も買わずに試着だけして、ストライダーで遊んだ娘は膝を擦りむいて、帰りの車で熟睡し帰宅。夜はタコライスを作ったが、娘はあまり食べてくれなかった。残念だったことを伝えて、どうしたらもう少し食べられそうだったかを聞いた。アーチャンの合挽き肉は100g340円と安くはないが、やはり美味しい。
UNO STACKOというジェンガを家族でした。UNOの兄弟ゲームではあるが、まったく違うゲームである。自分が小学校くらいのときに親に買ってもらったもので、今でも1ピースの紛失もなく、保管されている。昔から物持ちはいい。ボードゲームやカードゲームなどは、頭を使う機会になっていい。
風呂の後、娘と「みてね」で一年前の写真を見る。先週のカラオケの動画も。自分の動画を小さい頃からたくさん見ていたら、身体的な自己理解が格段に上がりそうである。自分の場合、動いている自分の動画をそんなに見たことが今でもない。テクノロジーの進化で、こういう細かい進化や影響があるんじゃないかと思う。
何でもない、名もなき一日。
こういう記録は、頭のストレッチであり、心のマッサージでもある。

ジャスミンティーと午後ティーと大福

TAKEHIKO YANASE

父が病に倒れ、入院して2ヶ月近くが経った。数年前から病気ではあったので急なことではなかったが、母親からのLINEを着信したのは撮影のために降り立った釧路空港の滑走路で、僕だけ羽田へと戻ることにさせてもらった。少し鼓動が早くもなる。

それから週に2回ほど都内の病院に通い、実家を掃除して、今後想定されるいくつかの様態の方向性に備えている。もう80も近くなってきていて、身体にいろいろ起こるのは仕方がない。それでも、子どもの頃から、今では会社の経理業務なども頼りにしてきた父が弱っていく様子を見るのは、切ない気持ちとともに無常が身にしみる。

今日も病院に見舞いに行った。「ドジャースやっと勝ったな」と、テレビを見られるくらいにだいぶ回復しているようだった。院内のコンビニにお使いを頼まれた。ジャスミンティーと午後ティーと大福。なんとも父らしい。入院してから10kg体重が減ったようだが、それでも僕より15kgも重い。健康になって帰ってきて、またゴルフでもできたらなと思う。具体的な目標があれば頑張れるはずだ。だいたいの場面、気が大事だ。

20分ほど、実家に車を走らせる。武蔵小金井駅の近くに見つけたタイ料理屋に行きたかったが定休日で、中華屋で豚レバーの甘辛いため定食を食べた。ビジネス街でもないのに日曜定休にすることの是非についてを考えながらいただく豚レバーは甘酸っぱかった。

今週も実家を掃除する。大掃除が50回くらい必要な家である。一番エアコンの効くリビングを父の寝室に変えようと隅々まで掃除機を。カーテンも洗濯した。エアコンのフィルター掃除も当然欠かさない。広い家に住むというのもなかなか大変である。先月頼んだ庭の剪定は30万円かかったらしい。
家具をどかしながら10畳くらいのリビングを掃除したら、2000円分くらいの小銭を見つけた。父は小銭をポケットに直で入れ、椅子に座るたびにそれらは床へと逃げていった。それが僕のお小遣いだった。

エアコンを掃除するとき、エアコンはOFF。故に汗だく。帰り道の道中、小平あたりの銭湯に寄って汗を流した。
一人でもちょうどいいくらいの小さな水風呂に入っていたら、男の子とおじいちゃんが入ってきた。
出ようと立ち上がると、おじいちゃんの腹部の手術後が目に入る。子どもは擦りむいたひじを、どうにか水につけないようにしていた。

江口海里さんお知り合いですよね?

TAKEHIKO YANASE

寄居町の商工会から埼玉県の機関に出向中の笠原さんから「お世話になっております。柳瀨さん、大阪のデザイナー江口海里さんお知り合いですよね?明日、小川の企業支援で夜、小川町で飲みます」というメッセージが来たのは、8月4日の18時4分だった。

江口さんとは10年ほど前に水俣での仕事で知り合い、コロナ前に大阪の事務所に遊びに行って、近くの台湾唐揚げ屋で軽く飲んで以来、お会いしていなかったが、SNSでは時に発表される美しいプロダクトデザインを目にしていたし、福井でのプロジェクトなども注目していた。京都ばかりで大阪に行くことはあまりないが、大阪に行ったならまた連絡して金剛石でも一緒に食べに行きたいなと思っていた。

事務所から歩いて、小川町の内田工芸社さんに着いたのは、8月5日17時1分。笠原さんがちょうど外に出てきていた。「お忙しい所すみません。サプライズですからね」そう言うと、中に案内してくれてそこには驚く顔の海里さん。アクリル加工業をされている内田さんともお久しぶりだった。

11月に予定しているオープンファクトリーイベントをとても楽しみにしてくれていた。少し近況を交換し、内田さんの倉庫見学をさせていただき、大大でご飯をいただいた。僕は作業があったので途中で事務所に戻った。笠原さんは肉よりホルモンを先に焼く派だった。

小さな町に住んでいても、こうして遠くから友人が訪ねてきてくれるのは嬉しい。大きな街に住む楽しさは、人に会えることにあると思うが、会いたい人とピンポイントで会うことは、どこに住んでいてもできなくはない。いろんな人が、会いたい人がまちに来てくれるきっかけを創れれば、どこに住んでも寂しいことはないかもしれない。

気づけば社会人になってから、ずっと小さなイベントをしている。この20年間、常に何らかのイベント告知中で過ごしている気がする。ホームパーティやら、トークイベントやら、20代のころは仕事もイベント制作であるのにわざわざ休みには音楽フェスを企画していたこともあった。それでもそこで出会った人たちと仲良くなり、一緒に仕事をしたり、一緒に遊んだり今でもしていると考えると、イベントも捨てたもんじゃない。なぜこんなにイベントを企画してしまうのか。SNSがなければこんなにイベントもできなかったわけなので、SNSの時代はリアルの時代でもあるのかもしれない。今月はPEOPLEに、doyoubiの出店とnijikujaの展示がある。来月はおがわのわの「山の話」がはじまる。皆野町では、関わっているARAKAWA AROUNDというイベントもあるし、11月にはオープンファクトリーイベント。小さな非日常で、誰かの日常が好転すればいいけれど、己のエネルギーが枯渇しないで乗り切れるかちょっと心配でもある。移動中は健康に関するYouTubeばかり聞いている。懸垂を習慣にしてこの夏を乗り切ろう。

ものに自分が規定される

TAKEHIKO YANASE

少し高くても長く使えるものを買って、ずっと使いたいという気持ちは10代の頃からあった。
あれこれ考え続けるのも大変だから、本当に欲しいものを買えば、そのことを忘れられるということも心地よかった。
だがここ最近、使っているものを改めて見つめ直して、よりよいものがあれば買い替えたり、交換することも大切だと思うようになってきた。

何かを手放したり、買い替えたりすることは得意ではない。
捨てるとなるとなんだかもったいなく思ったり、物によっては環境負荷という観点でなんだか気になったりしているが、今ならメルカリで売ることもできるし、リサイクルショップに持っていったり、友だちに譲ることもできる。
もう少し新陳代謝を肯定したい。

ものに価値観を縛られるということが、無意識の中で起きている気がする。
洋服だったり、インテリアだったり、自分が触れたり目にする時間の多いものに自分が規定される感じ。
数人しか目撃したことのあるサンプルはないが、着る服を変えれば、じわじわとその人の性格にも変化が起きるのではないかと思っている。
何を買うか、何を使うかというのはとても大切だなとつくづく感じている。
一回一回の食事についても同じで、そこに何らかのポリシーやこだわりがある人が好きであるし、そういう人から刺激をもらうことも少なくない。

良し悪しや好みと直結することはないが、何事にもクオリティというものは存在するし、高いクオリティをもっと体感してみたい。
改めて、モノに興味がある今日このごろです。